コドモンテ SakuraEdu

コドモンテはモンテッソーリ幼児教育に基づいた親子のワークショップです

モンテッソーリ教師資格者によるワークショップ

07月

叱るとほめる

今週は、夏休み前のワークショップが2つありました。1つはコミュニティーカフェをお借りして、キッズクッキング&おしゃべりワークです。畑でとれたてのニンジンを、スタッフの方が持って来て下さったので、みんなで観察してから「ニンジンのゴマ和え」を作りました。
3歳のお子さん4組、はじめはおっかなびっくりの「ごますり」も、何回かやっている内に、すりこぎを上手にゴリゴリと回せるようになります。食の細いお子さんが、とれたての爽やかな甘みのニンジンと、すりたてのゴマの香りにもりもりと召しあがっていて、ママがびっくりする場面もありました。

さて、試食が済んだら、おしゃべりワーク。
テーマは、「叱る時によく使う言葉、ほめる時によく使う言葉」。
まずは、ポストイットに書き出してみます。
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「うーん」「あー」と悩みながら、ペンを動かすママ達。ちょうど3歳頃から、何かにつけ「叱る」場面が出てくる時期。日常では見たことに反応して、すぐに言葉にしていることが多く、「注意」なのか「指導」なのか「しつけ」なのか、はたまた「発散」なのか。
自分の言動をふり返って、よく考えてみることは、なかなかありませんよね。

ポストイットに書く作業は、自分の中にあるモノを引き出すこと。書いた言葉を第三者的な目で見ること。
たくさん並んだポストイットを前に、ママ達は真面目なおしゃべりに花を咲かせ、しばし子育てを考える時間になりました。
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もう1つのワークショップは、「プレ思春期~親子の距離感」についてです。少人数でしたが、2時間の枠が足りないくらい、濃密な話をすることが出来ました。「子どものためにやっていること」を話し合いましたが、私自身、実にたくさんのヘルプをしてしまっているんだなと、考えさせられます。

手を放す日に向けて自立心と自律心を育むために、私は何をすれば良いのかな。夏休みの宿題になりそうです。

思春期と子離れ

隔週で全4回の、思春期の親向けワークショップが終了しました!思春期2

参加者のお子さんは、「思春期」と言っても幅広く、小学校高学年~大学生。でも、それぞれに「今が思春期だ」という当事者性をもって、積極的に参加して下さり、とても素敵なワークショップになりました。

今回は、まず困っていることを挙げて頂いたり、、子どもへの声掛けについて考えたり、そして子育てをしている自分自身の環境を見直してみよう、といった内容を経て、「私の考える子育てのリミット年」を考えていきました。

子育てのリミット、と言われて何歳・・・と答えるでしょうか?

私自身が、不可抗力によるトラブルがこわいから、いまだに夜は駅まで迎えに行ってると話した時、ファシリテーターの先生に「いつまで必要だと思う?」と言われたのがきっかけで、取り入れたワークです。学費など経済面はさておき、精神面、生活面でいつ手を放すのか?これはさまざまな意見や考えが出て、大変興味深く話を進めることができました。

こんな様子で、1回2時間たっぷり~と思っていても、終わってみれば毎回もう少し話したい!と思うほど、あっという間に時間が過ぎ、お互いに困っていること、もやもやしていること、自分の思いなどをたくさん共有できました。

これは「子どもに対して、つい言ってしまう言葉、よく掛ける言葉」を吹き出しにして、書いて頂いたものです。壁にずらっと並べると壮観。頭の中で思っていることと、書いてみてビジュアルで見てみるのとでは、ずいぶん違う気持ちになります。いつもこれを言われている子どもの気持ちもちょっと理解できちゃったりして。思春期1

最終回のあとには、このまま終了がさびしいので、2時間ほどシャベリバタイムを実施。今度は、インターネット、スマホ、性教育、金銭教育などの話題にも触れ、本などの紹介もしてみました!

 

 

 

プレ思春期、親離れ子離れの日に向けて

4回講座「プレ思春期」のワークショップ、最終回のテーマは「親離れ、子離れの日に向けて」です。
私自身が「思春期まっただ中」である子ども達と、日々接する中で強く意識していた頃から取り組んでいるテーマです。
集まって下さったプレ思春期のお母さん達は今までに・・・
①ネット社会
②お金のアレコレ
③性教育
と3つのテーマに従って、自分の中にあるモヤモヤした心配や、イライラした焦りなどを、たくさんの話し合いから共有しました。そのうちに問題点に気付いたり、はたまたちょっとホッとしたり、でもやっぱり不安になったり、色々な気持ちと向き合ってきました。

今日は、まず自分達の「思春期に決められていたこと、注意されていたこと」などを思い出してみて、その時にどんな気持ちだったか、振り返ることにしました。

バイトの制約があった、着る物の制約があった、門限、彼氏や友達の悪口を言われた、などなど日常的なことが挙がる中、自分達の世代には余り細かい事を言われていなかった、という方が多かったように感じます。それでも、自分の交友関係をコントロールされたり、いつも駅までお迎えだったなど、干渉されることに対する、その時の気持ちがフツフツと思い出されます。

さて、私がこのワークショップの企画の段階で、何回か読み返した本があります。
☆毒になる親(スーザン・フォワード著) 講談社+α文庫
この中で一生苦しむ子どもを育て上げてしまう、「毒になる」親の仕業について、こんな項目で提示されています。

「神様のような親」「義務を果たさない親」「コントロールばかりする親」「アルコール中毒の親」「残酷な言葉で傷つける親」「暴力を振るう親」「性的な行為をする親」

特殊なケースではなく、私達が日常的に足を踏み入れそうな領域があります。それが「コントロールばかりする親」ではないでしょうか?子どもが小さい時には、危険なことや社会的ルールなど、親が分別のもとで「躾」を行うことは必要です。でも、それが習性となり、子どもの自我が目覚めた時期になっても、ついつい解放できずに口や手を出してしまう。

先日、テレビで「青年うつ病」の事例をやっていました。そこで出てくる成人した女性は、着る物をはじめ(今まで水玉を一切着たことがないとか)、ありとあらゆる事を母親に管理され育ち、今では何も出来なくなってしまったと言います。

程度の差こそあれ「手を放すタイミング、解放するタイミング」を見究めなくては!これは恥ずかしながら、自戒をこめた深いテーマです。