コドモンテ SakuraEdu

コドモンテはモンテッソーリ幼児教育に基づいた親子のワークショップです

モンテッソーリ教師資格者によるワークショップ

08月

心を離さない思春期

乳児は肌を離さず、歩き出したら手を離さず、走り出したら目を離さず、学校に通い出したら心を離さず・・・
子ども達の幼稚園で、園長先生がおっしゃっていた言葉です。保護者会で聞いたこの言葉が、今でも子育ての基軸になっています。
前回「毒になる親」の中で「コントロールばかりする親」の話に触れました。

例えば、幼い子どもがヨチヨチと横断歩道を渡る時、手を引く行為はコントロールかもしれません。でもこの場合は、必要なコントロールと言えるでしょう。でも、この子どもが自分でしっかりと渡れる年齢になっても、手を引こうとしていたら、それはコントロールによって「子どもの育つ力を阻害している行為」になってしまいます。この本に書かれているコントロールには、2種類あって1つは直接的、もう1つは操作的アプローチだと言っています。

直接的なコントロールのキーワードは、「親の都合を押し付ける」「金で言うことを聞かせる」「能力を認めない」と言ったもの。つまり、受験結果や成績を親のプライドに投影したり、家族間のパワハラ、子どもを「下」に見る、自分の所有物のように扱うと言ったもの。
まだ、充分に育っていない心を掴み、思い通りにさせたり、自分が成しえなかった夢を押し付けたり、自分と同じ道が子どもにとって幸せだと勘違いしたり、進路を勝手に決めるということがあるかもしれません。

操作的なコントロールのキーワードは、「干渉し続ける」「他の家族まで巻き込む」「兄弟姉妹を比較して劣性を指摘する」と言ったもの。「あなたのため」と言いながら、子どものプライバシーに踏み込み、コントロールの力を働かせたり、数の力や比較をすることで、本人に「自分はダメなんだ」と思わせてコントロールしていくことがあるそうです。

子どもは、服従するか反抗するしかありません。
でもコントロールを受けている内に、「自分がやりたい事なのか?」「親がやりたい事なのか?」、自分の持つ意欲の源がボヤけてきてしまうため、自分で歩く力を失いがちです。

私自身はどうか?「心を離さないこと」、これは同時に「手を出さない」という意味を含んでいることに、気付かされる日々です。思春期になったら出来れば「手を出さない」いずれは「口を出さない」。
心に決めていても思春期に近づけば、口を出したいことが山ほど出てきます。遊びのこと、携帯やネットのこと、お金のこと、身を守ること、どうするのが、子どもにとって良いのか?逡巡の日々。

今の私はこんなふうに思います。思春期こそ、「ここぞ」の時には伝えるべき言葉がある!と。
親以上に本気で「何かを伝えてくれる」大人はいないはず。1人で人生歩んでいくその前に、親として伝えたいことは臆せず伝えたい。
でも、それって本当に大変だし、面倒なことでもあるんですよね。向き合わない方がラクなことも多々あります。「子どもの気持ちを尊重しながら、親として言うべきことを言う。」

理想はこうですが、これがなかなか難しい。ヒートアップして、言わなくても良いことまで言ってしまう!

うまく伝えられない時は、仕方がないので手紙を書いておき、後から「これ読んでね」とそっと渡すのもありだと思います。書くことで自分の頭も整理され、子どもに伝えるべきことがシンプルになるような気がします。子どももゆっくり読めるので、落ち着いて対処が出来るような気がします。

「肌を離さず」の時からあっという間。でも確実に1人で歩く日が近づいて来ています。親としてもまだまだ成長が必要な自分に、日々ため息。