コドモンテ SakuraEdu

コドモンテはモンテッソーリ幼児教育に基づいた親子のワークショップです

モンテッソーリ教師資格者によるワークショップ

04月

いまを生きる

いまを生きる
次子の小学校時代の先生から、「いまを生きる」という映画を、ぜひご覧ください!と薦められました。
子どもにではなく、親に・・・です。
ロビンウィリアムズが教師役の、かなり前の映画です。
もちろん、観たことはありましたが、改めて観直してみました。

規律厳しい全寮制の進学校で、エリート教育を受けている思春期の生徒達の前に、一見、型破りな教師が赴任してきます。この教師に出会い、生徒達がどんどん変わっていくさまが描かれ、そしてある重大な事件が、起きてしまいます。それも決して取り返しのつかない、大事件が。
その原因は、大人が考える「子どもの幸せ」と、子ども自身が考える「自分の幸せ」が、違うことが原因になっています。

観ている私は、主人公の子の親にハラハラしながら、「そうじゃないよ!そうじゃないよ!」と伝えたくなりますが、ふっと、自分を振りかえって考えされます。「教育ってなに?子育てってなに?」。そして「私だって、同じことがあるかもしれない。」と。
以前に観た時には、子どもがいなかったせいか、1つの作品として楽しみましたが今回は違います。終わってからもズシンと響いています。

これから、どんなふうに子ども達と接していこうかな?そんな気持ちを改めて考えています。
思春期は一般的に、中高生と捉えられていますが、子どもの変化は10歳前後から始まっています。自我や自意識が強くなり、天真爛漫の子どもから、反抗的な態度や言葉が見え始めるのもこの頃かな?こんな「プレ思春期の子育て」をしている方に、ぜひお薦めしたい映画です。

一緒に観ていたわが家の子ども達、終わっても涙が止まらず、しばらく浸っていました。でも、子ども達の観る視線は違っていて、教師と子ども達の間に芽生えた「絆」に感動したそうです。
なるほど・・。

父は子宮壁、母は羊水

以前に参加した講演会「まるごと抱きしめる、子どもの心」の話です。

渡辺久子先生(慶應大学病院小児科外来医長)のお話は、どんな子どもであっても全てを受け容れること、それが子育てそのものであり、子どもの「精神的な快楽」を満たすことです、というお話から始まりました。
どんな子ども・・・というのは、思い通りにならない子、生まれつき気になる所がある子、発達障害など、心に傷を負っている子など、親が「困ったな、どうしたら良いのだろう?」と、悩むような子育ての状況を指しています。

子どもが健康で、賢い子であると、「もっともっと」と高望みして、追い込んでしまうことがあるかもしれません。追い込んで結果を出すことが、その子の幸せへの近道だと勘違いしてしまうことだってあるかもしれません。でも、何か失敗したり、何かに負けて傷ついた時、子どもが飛びこめる場所はどこでしょう?
その時、「何で失敗したのよ。」「今度は負けちゃダメよ。」という言葉を浴びせられたら、私自身ならどう思うかしら?

「もっと、もっと」から逃げ出せない子どもは、自分の意欲を封印したり、湧き上がる好奇心を殺したりしながら、親のエールのような攻撃のような、「もっと、もっと」の言葉を受け止めていくしかないのです。

子育て支援講座などを手掛ける友人達と話すと、子どもを追い込む大人の話が具体的に出てきます。幼い内ならまだいい、でもそのまま思春期をむかえた子どもは、身動きする力も残っていない、そんな例も挙がっていました。

さて、渡辺先生が、とても興味深い比喩をされていました。
「父は子宮の壁、母は羊水のごとく。」
母は、温かく心地よく、子どもがどんなに動いても、ゆったりと包みこむ羊水のよう。父は、子どもと羊水をしっかり保ち、時に子どもが蹴っても柔らかい壁でその足を守り、時が来たらしっかり頑張れ!と世の中に子どもを送り出す子宮の壁のよう。
そんなふうに子育てをしたいな、素直にそう思えたひとときでした。

渡辺先生、そして後にお話された柳田邦男先生ともおっしゃっていたことをシェアします。
「子どもには、全身全霊で真剣に向き合う。」「子どもとって、信頼できる大人になる。」