コドモンテ SakuraEdu

コドモンテはモンテッソーリ幼児教育に基づいた親子のワークショップです

モンテッソーリ教師資格者によるワークショップ

子育てって誰のためのもの?

子育てって誰のためのもの?

「子育てって誰のためのもの?」私がこの疑問を頭に浮かべたのは、かなり前。次子が3日間だけ、とある幼児教室の講習に参加した時です。講習中盤、子ども達は身体を使ったゲームを始めました。お手玉をフープに投げ入れる、ごく簡単なゲームです。たくさん入れた方が良いというルールだったので、みんな夢中になって自分の周りのフープに投げ入れました。
驚きは、ゲーム終了後!
先生いわく「はい、みんな上手にできましたね!でもどうかなー?近くのフープは入って当たり前だね。僕だけは、もっともっとカッコよく、遠くまで投げられるよっ!ていうところを、見せないとダメなんだよ。」
「はい、じゃ、同じゲームをやり直ししましょう!」次にどうなったか?
その時点から、子ども達は「演技者」に変貌してしまったのです。そしてゲーム終了後は、勝ったチームに「バンザイ!」の「元気なやり方」を指導。この時、「子育てって、誰のためのもの?」と強く感じてしまったのです。
「う~ん?」と逡巡してしまい、ふと思い出したのが、モンテッソーリ教育の本でした。その数年前に出会い、その本を参考に自宅でモンテッソーリ教育の真似ごとをしていた本です。もう一度、図書館に行き、読み直してみると、当時は目に入らなかった部分に、素晴らしい文が書いてありました。
答えはもう見つかりました!
「子育ては、子ども自身のためのもの!」

私が、モンテッソーリ女史の文章で、1番好きな一文。
「自分自身の主(あるじ)になる。」
誰かに言われたからやる、皆がやるから一緒にやる、そうではなくて、自分でよく考えて「自分のすべきこと、進むべき道」を決断できる。

それが主(あるじ)になる、ということでしょうか。親である私が、まずそうありたいと思うのですが。いつも場面ごとに、胸に手を当てて確かめてみるつもり。

前出のような指導は、「教育」ではなく「テクニック伝授」だと言われれば、そうなのかもしれません。
でも、親の不安をあおって儲けようとしたり、教育という言葉を振りかざして、親や子どもを追い詰めたり、演技させたり、そのようなことは子育ての弊害でしかなく、いつも「成長」の答えは、子ども達の中にあると信じていたいものです。

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