コドモンテ SakuraEdu

コドモンテはモンテッソーリ幼児教育に基づいた親子のワークショップです

モンテッソーリ教師資格者によるワークショップ

2017年

絵本のチカラ

絵本講師
お子さんに、「絵本の読み聞かせ」をなさっていますか?

<家庭での絵本の読み聞かせ>をテーマに、ワークショップ。
今回は、読み聞かせのもたらす力について、講師の方にお話を伺ってからおしゃべりタイムです。

私は!?といえば、忙しい時、早く寝かせたい時、次の予定がある時、「ママ~、これ読んで~!」という一言に、心の片隅に「あ~、このタイミングか・・・」と思う気持ち、正直に言ってありました。

いつもいつも、ゆったりとした気持ちで、笑顔で、応えたいのはヤマヤマですが、そううまくはいきません。
「あとでね~!」と言って、寝る前の時間まで待って貰ったこともあります。

講師の方のお話の中で、こんな素敵な言葉がありました。
子どもに愛情を伝える手段は、
☆言葉がけ
☆スキンシップ
☆同じ時間を共有する
☆素敵なモノを与える
☆求めている気持ちに応える などあります。
「絵本の読み聞かせ」は、このような手段をたくさん含んでいて、愛情表現のツールになる、とのことです。
たしかに!そうかもしれません。

そして、絵本を使って教育しようというよりも、「これは素敵なお話で、私が楽しいから読むね。」というくらい、ママもリラックスして読むことにすれば、より楽しいひとときになるそうです。

テレビ、CD、DVD、タブレット、ゲームetc、子どものお守りをしてくれるモノが溢れる今、だからこそ、赤ちゃんが「あー、うー♪」と、声を出し始めた時から、それに応えるように、絵本を読んだり、言葉遊びを聞かせたり、童謡を歌ったりすると、「声を出す喜び」を知り、そこに「自分を受け留めてくれる、大好きなママの存在」を、確認することができるのですね。

3本指をきたえよう

手先の動きをつかさどる「3本指」、親指&人差し指&中指を鍛える、遊びです。

この「3本指」・・・運筆をはじめ、はさみ、スプーン、お箸、縫いもの、楽器、洗たくバサミ・・・など、細かい作業を必要とする時に、とても重要な動きをします。
☆力をこめたり、ゆるめたり
☆上下左右、自在に
☆なめらかに、こまかく
自分の思った通りに動かせたら、どんな場面においても、意志通りに作業できることに満足ができるでしょう。

満足感の高い子どもは、自尊心が高く(自分が大好き!)、落ち着いて判断ができる、と言われています。

モンテッソーリ女史が、子どもの発達を研究するきっかけになったのは、知的障害児たちが、陽にあたって光るパンくずを、指先で懸命につまみ上げようとする姿を、発見したからだそうです。
うちの子ども達は、布のお人形についた、タグや毛玉をつまんだり、タマゴボウロをつまんだりするのが大好きでした。おそらく1歳代くらいで見られる動きかな?と思います。
もし、指先で小さい物をつまもうとしたり、いじったり、そんな姿を見かけたらぜひトライしてみて下さい。

<楊枝おとし>
①始める前に、必ず楊枝の先端を子どもに示し、とがっている部分を意識させてから、安全な楊枝の持ち方を、実際にやって見せます。持って歩いたり、人に向けたりしないように注意を促しましょう。
②楊枝を入れる物と、楊枝入れを準備して子どもの前に置きます。
③「やってみるから見ていてね。」と言って、楊枝を1本持ち、ゆっくりと穴から楊枝を、ポトリと落します。
④「うまく入ったね。やってみる?」と聞いて、やってみる!と意欲を見せたら子どもにやらせます。
⑤全部入ったら、もう一度やってみるかを聞いてみます。

※楊枝では、まだ少し危ないな、または難しいなと思う時期には、
☆胡桃を粉ミルクの空き缶に1個ずつ落とす。
☆大豆をペットボトルに1つずつ落とす。
などの活動も楽しむことができます。
※お手本を見せる時には、普段のスピードの8倍くらい(!)の、ゆっくりとした動きで、手と指の使い方を見せてあげて下さいね。

小さなあなたへ

ちいさなあなたへ
以前に本屋でさらっと見た時、涙が出てしまった絵本、「小さなあなたへ~Someday~」。
たまたま、今日の午後に再会しました。ちょっと気持ちが疲れていたせいか、再会を期待しながら、何となく探していたら自分の後ろに積んでありました。

見開きにたった1文しか書いていない、詩を読むかのような絵本。でも、子育てに疲れた時、子育ての真意って何だっけと迷った時、ぜひ開いて欲しい1冊です。

私は、娘の誕生日のカードの代わりに、この絵本をプレゼントしました。10年先、20年先も手元に置いてほしいなと願いながら。

ところで、不要になった絵本、どうしていますか?私は、本棚に詰まっていた絵本、どうしても処分できない物以外は、引越しの時に友人に譲ってしまいました。でも、実はとても後悔しているんです。

最近になり、絵本講師の講座を聞いて、絵本を読むのは子どもの為だけでない、ということを実感しました。
確かに私が好きだった絵本は、子ども達も大好きでした。今日、絵本コーナーで懐かしい絵本の数々をめくってみると、あの頃とはまた違う感情が湧きました。その時々で、見る箇所や響く言葉が違う、そういう絵本はロングセラーとして、何十年も読まれ続けているのでしょう。

でも、いまさら絵本は買わないし・・図書館で借りる本は、何となく「私達のもの」でない気持ちが強いし・・
大切な絵本は、やはり手元に残しておくべきだったな、と残念に思うこの頃です。

あなたの心に残る絵本は、何ですか?

主人公はあなたね!

また、新たな資料と格闘していたら、目からウロコ!の発見をしてしまいました。
「子どもを、全人格的に受容する。」
これって当たり前!?と思いながら読み進めるうちに・・・
私自身も誰かに「全て」を受容されたことがあるかしら?と考えつつ、そして20年間の子育てを振り返ってみました。(※もちろん「すべてを受容する」の意は、社会的規範を逸脱した悪い行動をも、容認するという意味ではありません。)

忘れ物していない? 半袖にしたら? 早くお風呂に入ってね! 野菜も食べて!等々・・・まだまだあるぞ!
「?」やら「!」やら、「こうあって欲しい!」という、私の勝手な考えで発言していたことに気づきます。
私がこうしたら?と言うのが、お風呂や野菜、しつけに関することならともかく、気を付けていないと、その延長で「医者になって欲しい」とか、「コンクールで入賞して欲しい」とか、「プロゴルファーになって欲しい」とかあらぬ方向に発展と、いうことになりかねません。

それは、子どもを全人格的に受容しているだろうか?もちろん「否」。

愛情が⇒過保護になり⇒思いを押しつけて⇒子どもをせき立てる、これでは子ども自身が「自分の人生の主人」にはなれません。ここが親として本当に難しい部分です。しつけやルールなどの教えるべきことと、子どもの人生の「脇役」であり続けること。

今日は、ちょっと主人公になり替わりそうだったな、と思った日は、子どもの寝顔につぶやいてみることにします。「ごめんね!主人公はあなたね!」

炊飯器がパズルに?


だいぶ前の我が家のエピソード。新しく炊飯器を買い換えた時、壊れた方の炊飯器を袋に入れて、キッチンの床に置いておきました。すると次子(当時小学3年生)が目ざとく見つけ、「ママ、これちょっと触ってみてもいい?」「どうぞどうぞ~。」
何だか面白そうだな、と感じた私は、さりげなく様子を観察することに。

はじめは開けたり、閉めたり、内釜を出したり、物を入れて混ぜる真似をしたり。その内に、取れそうな部分をガタガタいわせたり、ひっぱったりし始めました。しばらくやってみてから一言。
「ママ、これって外せるの?」「うん、やって見せようか?」

そこで、1つ1つの部品をていねいに外して、また元の通り組み立てて見せました。取れる部分は内釜、内蓋、外蓋、蒸気口2箇所。巻き取り式コードは外せませんが、引っ張ると巻き取ってくれます。簡単なようですが、家電は少しの差でも、はまらないように出来ているもので、「向き」や「天地」が違うと、最後のフタが絶対に閉まりません。

さて、手本を集中して見ていた次子。「ふうん、面白いね。」と言いながら、目は輝いています。
お、いたずら心に火がついたかな?よし。よし。それから、しばらくして「やったあ、できたよ!」
その声を聞いて見に行った時には、もう次の回に向けて分解中。繰り返す間に、小学5年生の長子まで参戦。

「恋する季節」は、とうに過ぎた子ども達ですが、まだまだ感覚に訴えるものが身近にあるのだな、と感心してしまいました。しばらく集中してやっていたので、他の用事を済ませてキッチンに戻ってみると、次子からの手紙が旧炊飯器の上に置いてありました。

「ママへ、このすいはん器、もう1回あそぶから、すてないでね。」

小学生になると、もう「だめだめ!」と言うような場面には、あまり遭遇しません。
代わりに増えるのが「早く早く」と「~~やった?」。

帰宅時間が遅くなるのに、好きなお稽古もあり、宿題やテスト、調べ物、夕飯にお風呂、本も読みたいし、しかも親は早く寝かせたい。どうしても平日の夕方からの時間は、急がせることが多くなってしまいます。
この炊飯器の時は、ちょうど休日前の夕方で、子ども達がのんびりと過ごしていた時間でした。

家をぶらぶらして発見する「興味深いこと」をやってみて、しばし没頭できる余裕があること、そういう時間をどう過ごすかというのは、とても大切だなと感じたエピソードでした。もちろん、この背景には「親の気持ちに、余裕がある時間」が基本になっているのですよね。反省、反省。

食卓育をはじめよう!

「食育」という言葉は一般的になりましたが、「食卓育」という言葉を聞いたことがありますか?
料理研究家で医師である服部幸應先生の講演がテレビでやっていて、とても参考になった話がありました。
それが「食卓で子どもが育つ」という内容でした。

食事をしながらテレビを見る家庭が6~7割、見たり見なかったりが2~3割、見ないという家庭は1割に満たないそうです。先生いわく、食事をしながらテレビを見ていると、こんなことが起きているのではないか?というのが、以下のようなこと。
☆何を口にしているか、の意識が希薄になっているかも。
☆美味しさも半減しているかも。
☆話題がテレビの内容になって、子どもの様子を聞き出すチャンスを逃しているかも。
☆食べ物の好き嫌いも見逃してしまうかも。
だから、「ぜひ、テレビを消して食卓を囲んで下さい。」といった見解を述べておられました。1990年代には、社会的な問題とされてきた「孤食」の話。子どもが1人で食事(とくに朝食)をするのは、いまやかなり高い確率になっているそうです。
尾木ママの愛称で知られる、教育評論家の尾木直樹先生の著書では、2005年の調査で小中学生の4割超が孤食とのこと。そして驚くべきことに、同じ時間に朝食を食べていても、各自が私室で好きな物を食べる、という状況も拡がりつつあるそうです。これも、テレビ、パソコン、携帯などを、家族がそれぞれ持っているようになった、時代の影響があるのかもしれませんね。

ためしに食事の時にテレビを消して、携帯をマナーにしてみたら、どうなるでしょう?
今日の予定とか、これ食べる?とか、ああスイカももう終わりだねとか、他愛のないことを喋りながら、お互いの顔を見て、元気そうだなとか、疲れているなとか、反抗的な気分だな、とか察することが出来るかもしれませんネ。

さらに、勉強ができる子は、食卓で宿題をしている、とよく育児雑誌に載っていますよね。「声に出したい日本語」で著名な斎藤孝先生も、食卓勉強を強く薦めています。親は子どもの勉強の様子を知ることが出来るし、子どもは分からない箇所があれば、ちょっと質問できる。部屋に入ってしまえば、別のことをしていても分からない、という安心感から、勉強や質問が後回しになってしまう。さらにマンガや携帯など、魅力的な物があれば、小学生が集中力を持続できる30分間さえ、途切れてしまうそうです。

テレビなしの食事や食卓勉強、いずれも親にとっては手が掛かる方へと向かうワケです。
そしてテレビを消す為には、「自分から話す」習慣がないと、まず勇気が要りますよね。親がその日にあった面白いことでも話してみる、というのはいかがでしょうか?

めんどくさい気持ちと裏腹に、やはり大切!と感じている食卓育の話題でした!

初午の日に

「初午の日」、今年は立春明けて2月12日(日)にあたります。
この日は、全国に3万~4万あると言われる稲荷神社のお祭りです。稲荷神社はその名の通り「稲が生る」が語源で五穀豊穣を守る神様がいる場所で、春の訪れとともに、神様が馬にのってやってくる・・・という言い伝えから、初午の日が祭日になったと言われています。

と、かたい説明はここまで。私たちに1番身近な神社が「おいなりさん」と言って良いかもしれませんね。街を歩いていても、ちょっとした所に祭られているのを目にします。そして、必ず鎮座している「きつね」。おきつねさんと呼ばれるこのきつね君は、春になると山から来て、ねずみを取って退治してくれて、収穫が終わると山に帰っていくので、神様のお使いとされていたそうです。

そして江戸時代には、初午が寺子屋の入学日だったそうで、習い事や新しいことを始めると縁起が良いと言われます。

☆初午の日に
春に向けて、子ども達の新しい習い事や、塾などに頭を悩ませる時期になっていますね。
少子化のあおりを受け、幼児を対象にした教室は、あの手この手で何とか生徒を確保しようとしています。料金も学童向けに比べると、幼児向けの教室の高額なこと!
さて、何かを習わせたいなと思った時、どんなことに気を付けて決めていますか?

「子どもがやりたいと言ったから。」⇔子どもは、とりあえずやってみたいという事が多いですよね?
「お友達と一緒に。」⇔本当に身につけたい事なら、1人で行く方が集中できるかも?
「知能を発達させてくれそう。」⇔週にたった数時間で、子どもの知能は本当に育つでしょうか?
「有名な幼稚園や学校に入れたいから。」⇔その幼稚園や学校に、ご縁がなかったら?
「自分が一緒に遊ぶのが面倒だから。」⇔清潔な教室の中で、画一的なカリキュラムで何を育てたいの?

こんなふうに、自分で反論しながら決めて行くというのはどうでしょう?
合わない時はやめる。1人でも行く。家庭教育を第一にする。子どもをどう育てていきたいか真剣に考える。子どもの個性を大切にする。そんなこんなを決意しておきながら、友達と一緒に通って、楽しめて、何か上手になって、ママも一休みできる時間の対価として、月謝を払うのなら納得しますよね。

バレンタイントリュフ

1月末のキッズクッキングは、手と指をたくさん動かして作る「バレンタイントリュフ」です。といっても超カンタン。2歳にもなれば全部1人で作って、パパにプレゼント出来ます。
準備は、カステラ、コンデンスミルク、ココアパウダー、カラーシュガー(飾り)です。
トリュフ準備
まずは、カステラをくずしていきます。今日は1人2切れです。
トリュフ崩し
そうそう、上手にくずせますね。くずせたら、コンデンスミルクを2回丸を描くくらい入れて、混ぜていきます。全体が少しねっとりしたら、小さなお団子を作っていきましょう。
最初に、すこしおにぎりを作るみたいに、ギュッとまるめて、それから手の平でクルクル・・・。
トリュフ混ぜ
お団子が出来たら、バットに入れたココアパウダーの中で、コロコロと転がします。
トリュフダンゴ
できたらケースに入れて、カラーシュガーを飾ったら出来あがり!

大人が頂く場合は、刻んだチョコレート、ナッツ、レーズンなどをカステラに混ぜ込み、ダークなココアでまぶすと本格的な味になり、とても美味しいですよ!(^^)!

相変わらずの簡単さですが、親は口と手を出さないお約束。
ある子は、丸める前にパクパク美味しそうに食べ出します。
ある子は、丸くならないでヘビのように。
ある子は、丸める作業に没頭。
ある子は、ベトベトする手が気になって仕方がない。
本当に、お子さんの成長過程によって全く違うのが、ワークショップの良さなのです。

「周りのお子さんと比べるのではなく、今どんなことが出来るのか、どんなことに興味があるのか、よく観察してみてくださいね~」とお伝えしました。作業の内容は、ママが覚えて帰って頂ければ、その子のドンピシャの時期にいつだって再現できるのですから!

最近、ちょっと気になるのが、「手が汚れるのを嫌がる」「ネチョネチョした物に触れない」というお子さんが増えている実感です。
泥んこ遊びが出来ない、汚れるとすぐ洗いたがる、虫や魚などが怖くて触れない、という傾向が見えたら、トリュフ作りのように「食べる物」から慣れていくと良いかもしれませんね。それ以前に、ママ達もあまり神経質にならず、泥と水があれば半日でも遊べるくらいの「ワイルドさ」を、ぜひ養ってあげて下さいね。
キレイに染色された小麦粘土は安心かもしれないけれど、泥や砂で身体いっぱい使って山を作って、トンネルを掘って、水を流して決壊させて、という時の快感は得難いもの。そこで見つけた虫の死骸のお墓を作ったり、ナメクジを見つけたら塩をかけたり、池に張ってる氷に石をぶつけたり、まだまだ楽しいことは尽きません。
季節を体感しながら、大人も見ていてワクワクするような「ワイルドな」子どもの遊びを、見守っていきたいものです。

虫封じしようとして・・・

15年以上も前のことなのに、鮮明に覚えていることがあります。それは「虫封じ」と書かれたお札(おふだ)です。長子(上の子)の情緒不安定さを見かねた叔母が、私に贈ってくれました。

そして、その夜のこと。方角や場所を確認した上で、お札を釘で打ちつけた時、なんと!その釘は斜めに刺さり(単に釘打ちが下手だったのですが)ポロッと床に落ちてしまったのです。その頃、私は本当に育児に追い詰められていたので、「ああ、お札さえ、とめられないんだ」と妙に落ち込んでしまったのでした。

「赤ちゃん返り」その言葉は知っていましたが、実際に自分の子に振りかかると本当にショックを受けるものです。昨日まで出来ていたことが出来なくなったり、1日中泣いて床にひっくり返っていたり、夜は眠りながら泣いて走り回ったり、そんな自分の子どもを目の当たりにしながら新生児の世話もする。

文章で書くと、簡単に思えるかもしれません。でも今、こんな思いしているママがいらしたら「私は分かるよ!!」と、叫びたいくらいです。当時、私の周りに、同じ経験をしている人は居なかったので、「朝、起きて1日が始まると思うと、涙が出た。」と言っても、理解されなかったと思います。
何がつらいって、その事実よりも「自分を責めてしまう気持ち」、それが何より1番つらかったのです。
「何がいけないんだろう?」「どうしてあげたら良いんだろう?」毎日、毎日、自分を責め続けていました。

そんな時、うんと年上の方からアドバイスを頂きました。「親にとっては子どもは2人、でも子どもにとってママは1人なの。だから3人で上手くバランスを取るのは難しいことで、ママと上の子、ママと下の子、という2本のパイプを、それぞれしっかりつなぐことが大事ですよ。」と。
もちろん、すぐに全てが解決したわけではありません。
でも、下の子が寝た少しの時間に、1つでも家事を片付けようとしていた意識を変え、上の子と「短くても濃厚な時間」を過ごすようにしたことで、だんだんと改善していきました。

この「濃厚な時間」に、手作りのおもちゃを工夫して、たくさん遊んだことが、今、モンテッソーリ教育やワークショップに関わっているスタート地点だったのかもしれません。