コドモンテ SakuraEdu

コドモンテはモンテッソーリ幼児教育に基づいた親子のワークショップです

モンテッソーリ教師資格者によるワークショップ

コドモンテ情報

野菜白玉でおろす、こねる!

「野菜をおろす」、大人には当たり前の仕事も、子どもにとってはおっかなびっくり。刃物と並んで集中力が必要な活動です。

おろし金を押さえて、利き手で野菜を動かすという「両手の協応性」を鍛える効果も絶大です。

今回は、おろし人参を混ぜた白玉を作りました。白玉を丸くするのは泥遊び名人なら得意技ですね!

野菜を入れた白玉なら、お出し汁の中に入れてお吸い物にしても美味しいです。まだお餅が食べられないお子さんのための、お正月のお雑煮として、小さく作ってあげても良いものです。大根と2種類作れば紅白の可愛いお雑煮が出来ますよ!

コーヒーミルでぐるぐる敏感期

コーヒーミルに豆を入れて、ハンドル部分をぐるぐる回す…、たったこれだけの動きなのに、2歳半から3歳の子ども達が『恋する』のが手首を鍛える敏感期。 やってみると意外に力が必要です。利き手と反対の手も手首にしっかり力を入れてミルをおさえておくという、両手の供応性を上手にする動きも含まれているのです。
こぼさないように豆を入れて、力をこめてゴリゴリ、ぐるぐる、途端に良い香りがしてきます。まだ背の小さい子どもは、立ち上がって足も踏ん張ります! こうして身体の隅々の筋肉まで、楽しい作業をしながら夢中になって鍛えて、『思い通りに動く身体』の回路を作っていくのです。

ハロウィンのかぼちゃタルト

この時期のワークショップでは、季節柄やはり「かぼちゃのタルト」に挑戦します。今回の工程の中で、手指の動きの重要ポイントはココです。

☆ビニール袋に入れた加熱かぼちゃを、手でつぶす
かぼちゃつぶす

☆ハチミツと生クリームを加えて、混ぜ合わせる

☆できた中味をタルト型につめる
かぼちゃまぜる
☆かぼちゃのたねを飾る

かぼちゃタルト準備
本当に書くまでもないほど、簡単な作り方です。でも、毎度のお約束で、「子どもは自分でやること」「ママは手と口を出さないこと」。

はじめは、指に力が入らずに、かぼちゃがつぶせないキッズ。「ママやって!」の声も、ちらほら聞こえます。
机に置いて押したり、指でこすり合わせたり、そうする内に感覚をつかんで、上手につぶせるようになってきました。混ぜる動きも、簡単に見えて実はキッズには難度が高いものです。利き手にスプーンを持って、逆手は器を支えます。まさに「両手の協応性」が必要な動きです。

最後は、利き手にバターナイフ、逆手にタルト型を持って、かぼちゃペーストをすくってつめます。はじめはタルト型に入れるのが精一杯だった子も、2つ目、3つ目になると、ぎゅっと押し込んで、タルトらしく仕上げることが出来ました。

余ったペーストはお楽しみ、両手の平をクルクル合わせてお団子作り。可愛いかぼちゃ団子が並びます。
粘土で慣れているせいか、得意なお子さんがほとんどでした!

ハロウィンに限らず、これからサツマイモなどもおいしい季節なので、たまには一緒におやつを作りながら、脳を発達させましょう!

野菜スタンプでぺったん

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「野菜スタンプ」はあちこちでやっているワークショップです。
準備する野菜は6種類。「野菜の切れはしでスタンプ!」という題に合わせ、以下のように切ります。

☆にんじん・・・葉側から、3cmの所を輪切り
☆きゅうり・・・端から3cmの所を輪切り
☆れんこん・・・節から3cmの所を輪切り
☆おくら・・・星型がくっきりしている所を輪切り
☆ちんげんさい・・・根から3cmの所を輪切り  ※バラの花のようになります!
☆赤ピーマン・・・ヘタから3cmの所を輪切り
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①野菜の名前をゆっくり伝えます
②丸ごと触ってもらいます
③まないたの上でザックリと切ります
④切り口を見せながら、においをかぎます

そして、お皿に入れた水彩絵の具に野菜をつけて、床に広げた模造紙にペッタン、ペッタン!
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あるワークショップの時のこと。
お子さんが、手についた絵の具が気になって、あまり積極的にスタンプできなかったのです。普段、汚れることに慣れていないせいか、そちらに意識がいってしまいます。するとお母さんが、楽しそうにご自分でスタンプを始めました。形を組み合わせて顔や車・・・。それを見たお子さんは安心したのでしょうか?大胆過ぎるほどに色を混ぜ合わせ、筆をこねまわして、野菜に色を塗り始めました。しまいには、指スタンプも登場!
もちろん、私はここまでが想定内だったので、嬉しくてニヤリです。
自分の意志のままに、好きなだけスタンプしたお子さんは、とっても満足そうに帰って行きました!お母さんも「楽しかったです」とのこと。

実はコレ、私も大好きなワークの1つです。家では汚れが気になってなかなか出来ない遊びだけに、こんな形で楽しい時間が持てると、私も嬉しくなってしまいます。

文化教育という分野があります

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十五夜の満月を見上げ、宇宙とか、地球とか、自然科学に思いを馳せていました。

さて、モンテッソーリ教育には、「文化教育」という分野があります。
「文化」と表現しますが、絵画、音楽という表現方法に、限ったことではありません。
ここでいう「文化」は、学校でいうと「社会、理科」に含まれる領域で、おもに以下のように分けられます。
①地学 ②地理 ③生物 ④歴史
国の名前や、動物の名前etc、またその特徴や生態を知ることによって、それぞれが複合して「地球そのもの」を知ることになります。同時に民族や生物間の違いを知ることで、「平和」を学び、道徳的な意味も学んでいきます。
私がオススメしたいのは、科学博物館本館&新館です。
地下階からビッグバンが始まり、上の階に進むと、地球に生命体が生まれ、生物が進化し、やがて現代へ。
子ども達にも、とても分かりやすく展示しています。難しかったら、飛ばせばよいのです。
圧巻は、恐竜の化石&レプリカです。このフロアは「最高!」と叫びたくなります。
毎日、過ごしていると、イライラすることありますよね。そんな時よく、この科学館の地球の歴史を思い出します。いまこの時起きていることは、地球の歴史から見ればホコリみたいなものね、と。
そういう感覚、子ども達にも持っていて欲しいなと、考えています。

子どもの脳を傷つける親たち

長い待ち時間があり、ワークショップ仲間からすすめられた本を読み始めました。

幼児期から思春期に受けるマルトリートメント(不適切なかかわり)が、子どもの脳の発達段階に影響して、脳の一部を萎縮させるという研究結果が書かれています。

明らかなマルトリートメントでなくても、スマホばかり見ている、声かけを無視するなど、こちらのストレス度合いでは、ついやってしまう事がありそうなものでも、子ども側が傷ついていたら影響があるのだそうです。

同時並行で、『きみはいい子』(中脇初枝著)も読んでいたので、空をアートに見せる今日の鰯雲を眺めながら、親の笑顔の大切さについて、また考えてしまう日になりました。


お月見してる?

今日、10月4日はいつもより少し遅い十五夜・・中秋の名月の日。子ども達と一緒に夜空を見上げながら、月、宇宙、ロケット、はたまた宇宙人?色んな話をしてみるのも楽しいひとときです。

8月の終わりには、早々と「月見団子」のカリキュラムをやりました。子ども達が作りやすいように、白玉粉をベースにして作り、楊枝を使って食紅で目を描き入れました。かぼちゃのタネを耳に見立てて飾ると子ども達は大喜び。ご家庭でも簡単にできると思います。

季節の行事を現代の生活に合わせて楽しみながら、子どもは「こねる」「丸める」など、モンテッソーリ教育の基本運動の分野を行い、「自分でできた!」を経験します。行事にまつわる食育の醍醐味でもあります。

「いただきます!」の後の、瞳のキラキラ・・きっと次のやる気も芽生えています。

 

ハンカチのお洗濯

2学期になり、新しい環境にもすっかり慣れた子どもも多いころ。
でも、子どもによっては夏休みの疲れが出ている季節。もう慣れているからと言って、次から次へと・・・
「今日は何したの?」「お友達と遊んだ?」「お弁当(給食)は誰と食べたの?」など、親がテンションを上げて質問攻め。

自戒をこめつつ、子どもの気持ちになってみましょうか。家に着いて少しほっとする瞬間。ママがにっこりして「今日も楽しかったのね、良かったわ。」と抱きしめてくれる、そうすれば疲れや不安も飛んでいくでしょう。少しずつ巣立つ我が子、でも心はいつも離さずに。

さて、手の筋肉を使う「お洗濯」の紹介です。家でほっとするお風呂タイム、親子のコミュニケーションに役立つかもしれません。まずは、幼稚園や学校に持参するハンカチを洗ってみましょう。

<洗濯>
①お風呂に入る時、ミニ洗濯板、固形石鹸、ハンカチを持っていきます。
②洗面器に水をためて、洗濯板を斜めに置きます。
③ハンカチを洗濯板の上に広げたら、水を掛けて濡らします。
④固形石鹸を利き手に持ち、手前から奥へハンカチの上を2~3回こすります。
⑤ハンカチの手前を利き手と逆の手で押さえ、利き手でハンカチの奥側をつかみ、手前に持ち上げたら洗濯板で擦るように奥へしごきます。
⑥ハンカチを逆さまにして、逆側も同じようにしごきます。
⑦洗濯板をどかして、ハンカチを洗面器の水に浸し石鹸を浮かせます。
⑧洗面器からハンカチを出して絞り、水を入れ替えます。これを何回か繰り返し完全にすすぎます。
⑨出来上がったら、お風呂からあがった後に干しにいきましょう。両手ではさんでパンパン叩くと、シワが伸びます。※ミニ洗濯板は、100円ショップで購入できます。

自分で洗ったきれいなハンカチをポケットに入れて、さあ、明日も良い1日に!

子育てって誰のためのもの?

「子育てって誰のためのもの?」私がこの疑問を頭に浮かべたのは、かなり前。次子が3日間だけ、とある幼児教室の講習に参加した時です。講習中盤、子ども達は身体を使ったゲームを始めました。お手玉をフープに投げ入れる、ごく簡単なゲームです。たくさん入れた方が良いというルールだったので、みんな夢中になって自分の周りのフープに投げ入れました。
驚きは、ゲーム終了後!
先生いわく「はい、みんな上手にできましたね!でもどうかなー?近くのフープは入って当たり前だね。僕だけは、もっともっとカッコよく、遠くまで投げられるよっ!ていうところを、見せないとダメなんだよ。」
「はい、じゃ、同じゲームをやり直ししましょう!」次にどうなったか?
その時点から、子ども達は「演技者」に変貌してしまったのです。そしてゲーム終了後は、勝ったチームに「バンザイ!」の「元気なやり方」を指導。この時、「子育てって、誰のためのもの?」と強く感じてしまったのです。
「う~ん?」と逡巡してしまい、ふと思い出したのが、モンテッソーリ教育の本でした。その数年前に出会い、その本を参考に自宅でモンテッソーリ教育の真似ごとをしていた本です。もう一度、図書館に行き、読み直してみると、当時は目に入らなかった部分に、素晴らしい文が書いてありました。
答えはもう見つかりました!
「子育ては、子ども自身のためのもの!」

私が、モンテッソーリ女史の文章で、1番好きな一文。
「自分自身の主(あるじ)になる。」
誰かに言われたからやる、皆がやるから一緒にやる、そうではなくて、自分でよく考えて「自分のすべきこと、進むべき道」を決断できる。

それが主(あるじ)になる、ということでしょうか。親である私が、まずそうありたいと思うのですが。いつも場面ごとに、胸に手を当てて確かめてみるつもり。

前出のような指導は、「教育」ではなく「テクニック伝授」だと言われれば、そうなのかもしれません。
でも、親の不安をあおって儲けようとしたり、教育という言葉を振りかざして、親や子どもを追い詰めたり、演技させたり、そのようなことは子育ての弊害でしかなく、いつも「成長」の答えは、子ども達の中にあると信じていたいものです。

孤独な子育て・・

ホームスタートイメージ
母親になって直面すること。
「こちらの都合とは関係なしに、子育てという仕事に追い立てられる。」そんな日々が突然やってくることです。自分で1日の時間をどう使うか、考えて行動できた生活から一変してしまいます。
近年、家庭内でうまく子どもと接することができない、という問題が増えています。精神的に、身体的に、そのイライラの矛先が幼い子どもに向いてしまい、悲しい事件が起きる実情もあります。
先日、読んだ「しあわせ脳を育てる」(渡辺久子著)という本からの引用です。

「虐待をするひどいお母さんが最初からいるわけではありません。追い詰められて、助けてくれる人が誰もいないときには、誰でもそうなってしまう。だから、赤ちゃんという、世話するだけでくたくたになる生身の生き物を扱うお母さんを、孤立させて追い詰めてはいけないのです。」

小さいお子さんが少ない、あるいは保育園にいて街に少ない地域では、公立の支援センター等に訪れる親子は少なく、公園で遊ばせる姿もまれです。遠くから転居されてきたある親子は、「一体どこに行けば、同年代の親子に会えるのでしょうか?」と困惑していたこともありました。近所の児童館などに行っても、人がほとんど居ないか、すでに友達同士になって一緒に来ている方ばかりで、とても寂しかったそうです。

そして男性も働き盛り。残業、休日返上、出張などもこの世代にはつきものです。疲れて帰ってきたパートナーは、可愛い赤ちゃんと1日過ごせるのだから、孤独であったり、クタクタになっていたり、するはずがないと思っているかもしれません。さらにただただ聞いて欲しいだけ、大人の会話がしたいだけの時に、仕事のようにアドバイスしたり、結論を出したりすることもあります。

私自身も、0歳&重症赤ちゃん返りの2歳をかかえていた頃、パートナーはいつも日付をまたいで帰宅、それから夕飯をとるので食事の準備。早朝から泣き声で起こされ、離乳食と授乳の繰り返し、洗濯、掃除、お風呂を2人入れて、と1日中休む暇がなかった時期がありました。幸いに子育てしている友達に恵まれ、実家にも近かったのですが、それでも朝起きて「また、日付が変わる時間まで、頑張らなくちゃ。」と思ったとたん、涙がポロポロと流れることがありました。

もし孤独な子育てがつらくなったら。
キレイにおしゃれをしている子連れの同朋を見て、「みんな余裕があっていいな、キレイでいいな、幸せそうでいいな。」なんて思う必要はありません。私から見ると、過剰にキレイで子どもを猫なで声であやしている姿は、作り物のように感じてしまいます。たまたま外で騒がない子、食事をおとなしく食べる子、かんしゃくを起こさない子、もちろん子どもによって様々です。
でも、必死になって子育て期を過ごしている姿は素敵だし、騒いでいる子どもに厳しく諭しながらも、愛情を注いでいる姿は尊敬に値します。

孤独な子育ては不安なものですから、みんなが幸せそうに子育てしている錯覚に陥ると、自分だけ出来ていないように感じるでしょう。ググると子育てマニュアルが林立、「こうすればうまくいく」と、まるでトリセツのような子育て指南書もあります。そんな時はぜひ、自治体で準備している掛け込む場所、電話する場所などに「つらいよ!」と声に出して伝えてみて下さい。恥ずかしいなどと心配する必要はなく、「ただただ話したい、聞いて欲しい。」という思いに応えてくれる専門員がいます。

こんな取り組みもあります。
イギリスからやってきた「ホームスタート」という制度があります。
家庭訪問型子育て支援の仕組みで、未就学の子育て家庭に、訓練を受けたボランティアが訪問し、週に1度2時間程度、一緒の時間を過ごすという活動です。自治体、NPO、社会福祉法人、任意団体など受け皿があって日本中に拡がっています。「お金で雇う相手」ではなく、純粋に一緒の時間を過ごすボランティアの方だからこそできる温かい関係が、孤独な子育てに寄り添う大きな力になっています。

子育てに関しても、「他人のことに関わらない」そんな風習が根付いています。かなしいかな怖い事件もあり「知らない人とは口をきいてはいけません」と、徹底して子どもに教え込む世の中です。
スーパーでベビーカーを押しながら、走り回る小さい子2人を連れて、カゴを持って買い物をしているママ。気になるけれど「突然話しかけたら、イヤな顔されるかな?」と思い躊躇してしまいます。本当は、大丈夫?大変ですね!荷物持ちましょうか?ベビーカー見てましょうか?と話しかけたいのですが。
せめてもと思い、知り合いのママ達に、「困ったり疲れたり話がしたかったら、いつでも声掛けてネ!」と言っていても、私の支援活動はこちらからのアプローチでしか成立しないのです。ツイッターで「子育て大変!」とつぶやくのも良いですが、もっと周りの善意を巻き込んでも良いのにと実感するこの頃です。

震災以降、「絆」の大切さが問われるようになりました。絆というほど大げさではなく「子育てを1人ぼっちでさせない」「そういう母親をほっておかない社会」で、健やかな子育てができるように、微力ながら考えていきたいと思います。